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「わかったようなこと言わないで!!」 その日、私は初めて彼を叩(はた)いた。 窓の縁に手を掛け、ぼうと外を眺める。 紺青(こんじょう)の夜空に佇む月が、微かに私と部屋を照らしている。 セントラルシティの宿で、私は夕刻からずっとこうしていた。 部屋の明かりもつけず、窓際で椅子に腰掛け、風に髪を揺らされながらぼんやりと思いに耽る。 臨む星空は、エクスペルのそれと何ら変わりない。 違うのは、この空も含め、今見ている景色全てが"作り物"だという事実だけ。 ……今日は色んな事があった。 今も整理しきれないくらい、色んな事が。 エルリアタワーでソーサリーグローブの調査をしていた私たちの前に、突然、恐ろしい力を持った人達が現れた。 彼らはネーデ、地球、衝突、なんてよくわからないことを言いながら、抵抗しようとした私たちを遊ぶようにあしらった。 その後、不意に地震が起こって、光に包まれて、気がついた時は林道のような所にいた。 そして導かれるまま、ナール市長に会い……自分の生まれ故郷がこの星だと知った。 自分がアーリアで生まれたんじゃないことは知っていた。育ててくれたお母さん達の話を聞いてしまったから。 それに傷を癒す能力があったり、耳がとがっていたり、皆とは違っていたから。 でもまさか、全く違う世界の人間だったなんて思っていなかった。 あまりに唐突で、嬉しいとか悲しいとか、そんな感情もわいてこない。ただ、皆との間に少しだけ、距離を感じた。 ふと、自分が何者かということに不安を覚える。 ……私はレナ=ランフォード、そんなことはわかっている。 でも、自然の物にしか見えない作り物の景色を眺めていると、つい自分も作り物なのではないかと思ってしまう。この星の技術なら、それすらも可能なようにも思えて……。 さっきクロードが来て、少し話をした。 彼は私に、間違いなく自分達の仲間なんだと言った。 言っていることはわかる。そしてそう言ってくれた事は素直に嬉しい、と思う。 けれど、それを聞いても私の心は晴れなかった。 仲間とかそういうものとは別に、自分という存在がわからなくなってしまったから。 私にはここで生まれた記憶もないし、知り合いもいない。でも事実として、エクスペルの人間でもない。 (なら私は……レナ=ランフォードは……何者なの?) 答えのない空虚さの中、そのまま外を眺めていると、不意に足音が聞こえてきた。 視線をドアの方へ向ける。 その足音は、部屋の前で止まった。が、ノックも無ければドアの開く気配も無い。 (……?) どうやら足音の主はドアの前で躊躇っているらしい。 その行動で誰が来たのか悟り、知らず、私は息を潜めていた。 気づいていない振りをする。このまま部屋に入ってこなかったなら、それでいい。 今は"彼"に会いたくない。 しばらくして、コンコン、と小さくノックの音がした。その音は躊躇いがちで、弱々しい。 「レナ……いるかい?」 ノックが弱ければ、その声も弱い。が、音の無い部屋には、それでも十分響いた。 「……ええ」 気づけば、何故か私は返事を返していた。返して、後悔した。 彼が何を言いに来たか、言わなくてもなんとなくわかっていた。彼という人を、ずっと見てきたから。 だからこそ、今は彼と会うのが怖かった。 「入ってもいいかな?」 その言葉に、私は無言で応えた。一人になりたい、とでも言えば彼は帰っただろうに。 彼に会うのが怖いと、そう思う反面、心のどこかで、私は彼にきて欲しかったのかもしれない。 ガチャリ、と遠慮がちにドアが開く。 入り口は暗く、訪問者の表情は見ては取れない。 その人物は不安げな足取りで、窓際で椅子に腰掛ける私に近づいてくる。 窓に寄るにつれ、うっすらとした月明かりが彼の身体に反射し、微かに姿を映し出す。 映し出されたのは予想通り、少し頼りなさげな風貌の青年――アシュトン=アンカースだった。 「……何か用?」 私の口から出た言葉は、そんな素っ気無いものだった。つもりは無くとも、自然と口調が冷たくなっていた。 「……えっとさ」 躊躇うように目を伏せるアシュトン。 彼がこんな風に言い淀むのはいつもの事。 それが、今日は何だか鬱陶しく感じた。 「……何?」 促す言葉にも苛立ちが混じる。 自分が嫌になる。彼と会えばこうなるとわかっていたはずなのに、それでも苛立っている自分が。 「その、クロードにレナの元気がなかったって聞いてさ」 相変わらず視線を床に泳がせて彼は続ける。 「えっと、僕に何ができるかわからないけど……」 本当に、彼らしい言葉。 曖昧で、はっきりしなくて、それでも不器用に優しく言葉をかけようとする。 慰めようとしてくれてるのはわかる。でも今の私が欲しいのはそういうモノじゃない。 自分にもわからない答えを彼に期待するのは筋違いだとわかっている。わかっているけど、それでもどこかで彼に期待していて、"いつも通り"の彼に苛立っている……そんな自分に嫌気がさし、ますます腹が立つ。 意を決したようにアシュトンが顔を上げ、初めて視線がこちらに移る。 視線が交わる。彼の目は、優しげに緩んでいた。 「あの、とにかく元気出してよ。そうやってるのはレナらしくないし、たとえどうであれレナはレナなんだか――――」 瞬間、薄暗い部屋に乾いた音が響く。 私は立ち上がり、思い切りアシュトンの頬を叩いていた。 「わかったようなこと言わないで!! そんな慰めなんて聞きたくない! あなたに何がわかるの!?」 まくし立てるように言って、そこで気づいた。 「あ……」 それが、ただの八つ当たりだということ。 言ってから……彼の辛そうな顔を見てから、初めて気づいた。 叩いてしまった右掌を握る。こんな風に自分が怒るなんて思っていなかった。 本当に、自分が嫌になる。 彼はただ、いつものように優しく慰めに来てくれただけなのに。 「……ご、ごめんなさい」 私は目を伏せ、顔を背けた。とても、彼の顔を見ていられなかった。 言い訳のように、口を開く。 「……でも、あなたはちゃんとエクスペルで育った人でしょ? 私は……」 「レナ」 「え……?」 咄嗟に名を呼ばれて顔を上げる。すると――、 私の視線の先……そこには、今まで見たことが無いほど、真剣な表情をしたアシュトンがいた。 普段の、頼りなく感じるような柔らかな表情ではない。 真剣な眼差しを一切背けることなく、彼はこちらを見据えていた。 「僕の方こそごめん。レナの気持ちを分かりもしないのに、上辺だけで励まそうとしてた」 ほんの少し目を伏せ、そんな風に彼は謝った。 「そんな……」 (違う、あなたは悪くない。こうなることがわかっていたのに、勝手な期待をして部屋に入れたのは私。いつも通りに振舞えないのも私で、叩いたのも私なのに) なのに、どうしてあなたは――――。 私はまた、彼から目を逸らした。 謝られたりなんかしたら、余計に見ていられなかった。 さっきよりもずっと……自分が情けなくなったから。 「ねえ、レナ」 戸惑う私に、彼が尋ねかける。 「真実って、何だと思う?」 「……真実?」 「うん。本当の親とか、本当の故郷とか、それってどうやって決まると思う?」 その問いは、私をさらに戸惑わせた。 答えられない。 それが答えられるなら、こんなに悩む必要はないのだから……。 しばらく沈黙が続いた後、彼はゆっくりと口を開いた。 「僕はね、思い出だと思うんだ」 「思い出……?」 「そう。皆、故郷での思い出がある。両親との思い出がある。それが、真実の証明になるんじゃないかな」 彼は淡々と続ける。 「レナにだってウェスタさん達との思い出があるよね? なら、それがある限りウェスタさん達もレナの本当の両親だし、アーリア村はレナの故郷なんだと僕は思う」 そう言ったアシュトンに、私は静かに首を振る。 「わからないよ……私、お母さん達の子供じゃなくて、でも、ここでの思い出も無いんだもの」 思い出があったとしても、私がお母さん達の子供じゃないことは確か。 なら、それは真実じゃない。 「……その思い出は、私が私である証明にはならない。だって私は皆とは違う。あなたとも……違うんだもの」 不意に、そんな弱気な言葉を吐いてしまっていた。 もう、自分が何を言っているのかさえよくわからない。 外の景色を眺めていた時のように、私はただ呆然と、闇に沈む床を見つめた。 突然、手に暖かい感触が走った。 それに驚き、視線を向ける。アシュトンの手が、包むように私の手を握っていた。 「何も違わないよ。僕も、レナも」 彼は短く、はっきりとそう口にした。 「こうして手を繋げば、暖かさも、やわらかさも、同じように感じられる。同じ……人間だから」 そう言うと、彼は握る手に少し力を込めた。繋いだ手から、想いを伝えようとするかのように。 「今までずっと、一緒に旅してきたよね? 辛いことも楽しいことも、感じ合ってきたよね? その思い出が、僕らが仲間だって証。その思い出があるから、僕は僕で、レナはレナなんだ。生まれた場所なんて関係ないよ」 珍しく強めな口調で、彼はさっきと同じように『レナはレナ』だと言った。 でも、同じ言葉のはずなのに、どこか意味が違うような……そんな気がした。 「何も真実は一つじゃない。両親だって、故郷だって、いくつあってもいいんだ」 言って彼は手を離し、 「だから迷ったら、今までの思い出を思い出せばいい。こんな弱気な僕がここまで来れたのも、そのおかげなんだから」 そう、優しく、諭すように言葉を紡いだ。 「悩んだ時は、いつだって皆を頼ればいい。レナがレナだって証明は、皆が……僕がするから」 少し照れるように言い、彼は言葉を止める。真剣な瞳を私に向けたまま。 何だか不思議な気分だった。 少しぼうっとしていて、上手くモノを考えられない。 空虚な気持ちは、まだ空っぽの様な気もするのに、それでいて満たされている様な気もした。 とにかく頭を整理したくて、 「……ごめんなさい、少し、一人にさせて」 何とかその短い言葉だけを口にする。 すると、彼ははっとした様に、 「あ……と、ごめんね、何か言いたい放題言っちゃって。じゃあ、僕は戻るね」 そう言って彼は私の手を離し、元来たドアへと身を返した。 部屋を出る直前、彼は振り向いて、 「あの、自分勝手なお願いだけど、あまり深刻に悩まないでね。そんなレナを見るのは……少し辛いから。それじゃ、おやすみ」 心から心配しているような、ぎこちない笑顔でそう言い残した。 アシュトンの後ろ姿を見送ると、私は倒れこむようにベッドに寝転んだ。 頭が一杯で何も考えられないのに、彼の言った言葉が、何故か頭から離れない。 「思い出……」 静寂が戻った部屋。明かりの届かない、真っ暗な天井を見上げながら、私はそう呟いていた。 目を開けると、私の目の前には一面の花畑が広がっていた。 見覚えのある花畑。その中心に、三人の親子がいる。 両親の間で、花の首飾りを掛けてはしゃいでいる女の子――あれは、私だ。 思い出した。この場所は、小さい頃お父さんとお母さんによく連れて行ってもらった、村の裏手にある花畑だ。 小さかった頃の自分、そして幸せそうな両親を見ていると、不思議と暖かな気持ちに包まれる。 (あの頃は楽しかったな……) その時、視界の端に何かの影が映る。そちらに目をやると、花畑の外にも人がいるようだった。 一組の男女……恋人同士か、夫婦なのか。 どこかで見たことがあるような気がするのに、誰なのか思い出せない。 でも、その二人は花畑の中の親子を、心から嬉しそうに眺めていて――――。 (――――っ!!) その二人が誰なのか。思いあたって、手を伸ばした瞬間、目の前に広がる景色は、無機質な天井に変わっていた。 (夢……か) 体を起こして窓の外に目をやると、すでに日が昇り始めていた。 (……あのまま寝ちゃったんだ、私) 不意に寒さが身体をついて、身を震わせる。無理もない。窓を開けたまま、何も掛けずに寝ていたのだから。 額に手を当てる。とりあえず、風邪はひいてないようだ。 ベッドに腰掛け、昨夜の出来事を思い出す。 自分の存在に悩んでいたこと。 慰めに来てくれた彼を叩いたこと。 あの彼が、真剣な顔で私を諭したこと。 今でも、自分が何者かなんてはっきりとはわからない。 でも、気持ちは不思議とスッキリしていた。 私はレナ=ランフォード、それで十分なんだと今なら思える。 膝の上で、彼を叩いた手を開く。 『レナがレナだって証明は、皆が……僕がするから』 アシュトンが言った言葉と、彼の手のぬくもりを思い出す。今はそれだけで、立っていられるような気がした。 また一つ増えた、たくさんの想いがつまった"想い出"。この想い出で、私は彼や皆と繋がっているから。 夢の時とは違う、高揚感にも似た暖かな気持ちで、私は部屋を後にした。 宿から出ると、早朝の柔らかな日差しが辺りを照らしていた。 その中には私も含まれ、日差しを浴びて清々しい気持ちになる。 「あ、レナ。おはよう」 んっ、と背伸びした私の後ろ、不意に声をかけてきたのは、アシュトンだった。 「その、元気になったんだね……よかった」 嬉しそうに声をかけてきたアシュトンに、昨日一瞬見せた凛々しさはない。 優しげに緩んだ瞳に、はっきりしない曖昧な口調。 でも、彼の笑顔が本当に嬉しそうだったから、私も嬉しくなって笑顔を返した。 「おはよう、アシュトン」 あとがき DISC2のクロードがレナを元気づけに行くPAに対抗したお話。 レナから見たアシュトン観が感じられれば幸いです。 筆者の思い入れもあり、このお話に関しては、少しのつもりが結構手を入れてしまいました。 |