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「……それではみなさん、ラクアの最後の夜をお楽しみ下さい」 ナール市長の話が終わり、数人ずつに分かれて部屋に案内された。 各自の部屋に案内される時、クロードやディアスと一緒だったけど、僕も二人も、何も言わなかった。 いや、何も言わなかったというより、何も……言えなかった。 とても何か言える雰囲気じゃなかった。 部屋は一人一部屋割り振られていて、僕の部屋は一階、クロードの部屋の隣にある。 中に入り、マントを壁に掛けてからベッドに腰を下ろす。 「ふぅ…………最後って言われると、逆に何をしたらいいかわからないな……まだ寝るには早いし」 そんなことを独りごちて寝転がった。 薄暗い部屋の天井を見つめてため息をつく。口にした言葉とは裏腹に、僕には一つだけ、心残りがあった。 (最後……か。明日負けたら僕も、皆も、この世界も、全部消えちゃうんだよね。そうしたら、もう僕の気持ちを"彼女"に伝えることは二度とできない……) (僕は……それでいいのか?) (今までみたいに"いつか"があるわけじゃない。明日勝てる保証なんてどこにもないんだ。だったら今日、せめて気持ちだけでも……!) 居ても立ってもいられなくなり、僕はベッドから勢いをつけて起き上がった。部屋の入り口に向かい、ドアノブに手をかける。確か彼女の部屋は二階、この部屋の真上だったはずだ。 手に力をこめ、ドアノブをひねり、引こうとして――――――――、止めた。力を抜き、ドアノブから手を離す。 ドアの前に立ったまま、僕は静かにかぶりを振った。 (今更そんなことをしてどうなるっていうんだ。今頃伝えたとしても迷惑になるに決まってる。最悪、明日の戦いにも影響が出かねない。……それに何より、もし彼女に嫌われたら、僕自身明日までに立ち直れる自信が無い) 言ったところで、結果は見えていた。 彼女には、旅の初めからずっと一緒のクロードや、幼馴染のディアスがいる。 (僕なんかが入り込む隙は……ない) ドアに背を向け、再びベッドに向かう。 (そんなことより、剣の手入れでもしていよう。その方が余程、皆の役に立てる) そう考え、テーブルの上に置いておいた剣を拾い、鞘から引き抜く。刀身は、予想以上に汚れていた。 (大分曇ってるな……今の僕の心みたいだ、なんてね) 心の中の独り言に、思わず苦笑する。 今思えば、気持ちを伝える機会は今までにもたくさんあったはずだ。 でも、いつも"今言ったら迷惑になる"と自分に言い訳をして逃げてきた。 本当は、怖かっただけなのに。 今日も結局、同じだった。これだけ追い詰められて、後がなくなっても、同じだった。 自分の弱さに……腹が立った。 ふと思考から目を覚ますと剣が揺らいでいた。 目に、涙が溜まっている。 (情けないな、これでも一応剣士なのに……男なのに) 頭を振って、考えるのを止める。この旅の中で、何度も同じことを考えた。だから、いくら考えてもその結末が後悔でしかないことはよくわかっていた。 服の袖で涙を拭いて、改めて刀身を見る。汚れは、さっきよりひどくなっているように見えた。 荷物袋から手入れ道具を出し、ベッドに腰掛ける。 (早くやって、今日はもう寝よう) そう思い、早速作業に取り掛かろうとすると、突然、ドアがノックされた。 「……アシュトン、いる?」 レナだ。 声の主はすぐにわかった。当然だ。ずっと、彼女のことを考えていたのだから。 「ちょっと待って、今開けるから」 剣をテーブルの上へ置き、鏡で涙の跡がないか確認してからドアへ向かう。 ドアを開けると、そこには思った通り青髪の少女、レナがいた。開けた瞬間に目が合って、思わず胸が高鳴った。 「ど、どうしたんだい? こんな時間に」 動揺しているのが自分でもわかった。 「アシュトン、その……この後何か、用事とかある?」 レナが視線を逸らし、少し躊躇うように、そう聞いてきた。 「いや、何も無いけど」 そう答えると、レナは再び僕の方に視線を向け、続けた。 「じゃあ、後で……正面の海岸まで来てくれない? 大切な……話があるの」 「……わかった、海岸だね。じゃあ少ししたら行くよ」 大切な話、というのが気になったが、ここで話さないということはここでは話したくないことなのだろう、と思い、追求するのはやめた。 「……ありがとう、それじゃ、また後で」 レナはそう言って、元来た廊下を戻っていった。 その後ろ姿を見送って、僕はドアを閉めた。 ベッドに腰掛け、今のレナとの会話を思い出す。レナの一言一言が鮮明に頭に浮かび、たいしたことは話していないのに胸が熱くなる。 (海岸、レナと二人きり。またと無いチャンスじゃないか。ここで、ここで伝えなきゃ。僕の、気持ちを……) 身だしなみを整えて、鏡の前に立つ。 服装は、いつもの服から手甲などの戦闘用具を取っただけだが、これといった服が他に無いので仕方ない。 (あ、寒いかもしれないからマントも羽織っていこう。風邪でも引いたらシャレにならないしね) そう思い、マントを羽織ってから部屋を出た。 廊下はしんと静まり返っていて、人影は全く見当たらない。自分の靴が床をたたく音だけがやけに大きく聞こえる。 (皆、どうしてるんだろう) 物思いに耽っているのか、または明日のための準備をしているのか。それとも、自分と同じように……。 ぼんやりとそんなことを考えているうちに入り口まで来てしまった。 「ご苦労様です」 入り口を見張っている二人の防衛軍の方に声をかける。 外に出てそのまままっすぐ進むと、約束の海岸に着いた。夜の海岸は風が気持ち良かった。 (この辺のはずだけど……) 近くを見回してみる。 すると、海に向かって左の方にレナがいた。砂浜に腰を下ろし、潮風に髪を揺らしながらじっと水平線を見つめている。月に照らされたその姿は幻想的ですらあり、僕は思わず見とれそうになる。 どうやら、まだ僕には気づいていないみたいだ。 (いよいよ……だ) 緊張が波のように押し寄せてきた。手に汗が滲み、足が震える。動悸が激しい。 気持ちを落ち着かせようと深呼吸する。動悸は収まらなかったが、気持ちは少し落ち着いた。 (…………よし!) 意を決して、僕はレナの方へ一歩一歩近づいていった。 「レナ」 隣まであと数歩の所まで来て、声をかける。 レナが顔をこちらに向けた。 「……アシュトン」 そう言って砂浜から腰を上げる。腰の砂を払う仕草が可愛らしい。 「わざわざ呼び出したりして、本当にごめんなさい」 レナが申し訳なさそうに俯く。 「いや、別に構わないよ。ところで……大切な話って、いったい何だい?」 とりあえず、先にレナの話を聞くことにした。 レナは俯いたまま、 「……今、こんな事を言うべきじゃないって、分かっているの。 でも、明日が最後の戦いだと思ったら、どうしても言わずにはいられなかった」 (……え? それって……) 部屋にいたとき、自分も同じような事を考えていたことを思い出す。 レナが顔を上げ、真っ直ぐに僕の目を見つめてきた。潤んだ深青色の瞳に、僕が映っている。動悸が一層激しくなる。 「聞いて。私はアシュトンの事が……あなたの事が……」 「待って、レナ!」 咄嗟に僕は、レナの言葉を止めていた。 きょとんとしたレナの顔に、少し罪悪感を感じる。だけど、その先はどうしても自分から言いたかった。 「僕だって、一応男なんだ。その続きは、僕に言わせてくれないか?」 「えっ……」 レナは少し戸惑ったようだったけど、それ以上何も言わなかった。 僕は大きく息を吸って、告げた。ずっと、ずっと伝えたかったことを。 「僕は、レナの事が好きだ。他の誰にも負けないくらいね」 ……言えた、ついに。 とてつもなく顔が熱い。きっと、真っ赤になっていることだろう。だけど、まだこれで終わりじゃない。 「レナ。君の答えを聞かせてくれないか?」 レナの気持ちを聞く。 少しの間。静寂がまた鼓動を速くする。 レナは、ほんのり赤く染まった顔をこちらに向けたまま微笑むと、 「……私もアシュトンのことが好き。あなたと同じくらい……ううん、あなたに負けないくらい好きよ」 そう、はっきりと答えた。 言葉にならない感情が込み上げる。 天にも昇るような、とはこういうことなんだと思う。 「愛してるよ。レナ……」 「私も……」 『愛してる』――――――――普段の僕じゃとても言えないそんな言葉もすんなりと口にできた。 しばらく、僕とレナは見つめ合っていた。 恥ずかしいとは、感じなかった。 僕の目を見ていたレナが、そっと目を閉じる。僕は数歩彼女に近づき、その肩に手を置いた。 そして僕たちは……唇を重ねた。 お互いに身体を離そうとしなかったせいか、それは思ったよりも長かった……ような気がした。 やがて、どちらからともなく身体を離す。 目を開けると、丁度レナもそうしたところで、視線が重なった。 さっきは見つめ合ってても恥ずかしくなかったのに、今度はとても恥ずかしくなり、思わず視線を逸らしてしまった。 沈黙が流れる。 時折お互いの様子を伺って目が合ったけど、僕もレナも、何も言わなかった。 「……レナ」 僕は思い切って口を開いた。 まだ、この時間を終わらせたくなかったから。 「少し、海でも眺めていかないかい?」 別に海が見たかったわけじゃなかったけど、何でもいいからレナとここにいる理由を作りたかった。 「……ええ、そうしましょ」 そう答えて、レナが砂浜にそっと座る。それを見て、僕もその場に座った。 その時、ついた手がレナの手に触れて、 「あっ、ごめん!」 思いがけない出来事に、僕はとっさに手を引いてしまった。レナはそんな僕の仕草を見て、くすっと笑い、僕の手をとった。 二人並んで砂浜に座り、海を眺める。 さざ波の音や浜辺の風がとても心地よい。 隣にはレナがいて、僕たちはお互いの手を介して繋がっている。 (まるで、夢の中にいるみたいだ) そんなことを考えて、同時に、これが夢で無い事を願った。 「…………っくしゅん!!」 レナのくしゃみで我に返る。隣でレナが小さく震えていた。 そういえば、さっきより大分寒くなった気がする。 レナの方が薄着で、しかもスカートだから余計に寒いのだろう。 「大分冷えてきたね、そろそろ戻ろうか」 そう言って立とうしたが、レナは動かず、少しだけ、僕の手を引いた。 「もう少し、もう少しだけこのままでいさせて……お願い……」 「……わかった、じゃあ」 僕はレナの隣にまた座り……レナをマントの中に抱き寄せた。 「あっ……」 「これなら、少しは暖かいでしょ?」 「……うん」 レナはしばらく身を固くしていたが、徐々に体を預けてくれるようになった。 その身体の重みが、今を現実だと教えてくれた。 この"今"を噛みしめながら、僕は夜空に明日の勝利を誓う。 明日は絶対に勝ってみせる。 レナと、ずっとこのままでいたいから。 この幸せを、手放したくないから。 僕とレナの、未来(あす)のために。 あとがき 言わずもがな、アシュレナ告白イベントです 最初期の作品なので、愛だけは過剰に溢れてます |